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そんなことが!?関彰商事の知られざるエピソード | 関彰商事

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明治41年に「関彰商店」として創業して以来、地域の皆さまと共に歩んできたセキショウ。
これまでに様々な事業分野を通じて、「地域に育てられ、地域にご奉仕する」という理念は社員一人一人に
至るまで着実に根づき、企業活動を通じて地域の皆さまの生活に貢献して参りました。
『こんなところに関彰商事』では、皆様と共にあるセキショウの活動をご紹介していきます。
第2回目の今回は、現在のセキショウを支える理念を創りあげた創業者の関彰について、
現在の発展に至るまでのエピソードを交えながらご紹介します!

1

セキショウの原点はこうして築かれた!

時は大正初期。国内経済は不況でしたが、石油業界は着実に動いていました。というのも、産業全体が近代化し、燃料の需要が急増したためです。昔から盛んであった漁業も、従来の帆掛け舟による漁業から、発動機による近代漁業へと移行しつつあり、そこにいち早く着目した創業者 関彰(せきあきら)は、茨城県北部から福島県に至る海外線一体をターゲットに、事業の転換と拡大を推し進めることとしたのです。
 創業の地である下館(現:茨城県筑西市)は、茨城県の中でも最も海岸から遠くに位置しており、漁業とは全く無縁な土地でしたが、事業の転換と拡大への確信をもって、果敢な行動力で開拓への道を邁進していった大正の始めから昭和初期にかけての20年近くの歳月は、関彰商店(せきあきらしょうてん)にとって後世に誇るべき開拓の歴史となっていくのです。

3

熾烈な競争のはじまり

茨城県大津町(現:茨城県北茨城市)と福島県四倉町(現:福島県いわき市四倉町)の二箇所を拠点に、油の営業を開始しましたが、当初取引きは思うようには進みませんでした。その大きな要因が、現地で以前より商いを行っていた油商の存在でした。一般家庭の灯油から炭鉱漁船に至るまで、油を必要とするあらゆる場所でシェアを独占。その油商の牙城を崩さなければ、事業の拡大は見込めないと、その後、20年に渡る熾烈な争いを繰り広げることとなるのです。

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灯台もと暗し!?相手の弱点はどこだ?

いかにしたら、どのような策であればこの競争に勝つことが出来るのか。古いことわざに「敵を知り、己を知るものは百戦危うからず」と言うが、敵を知るとはどういうことなのか。そして、己を知るとはどういうことなのか。考えれば考えるほど両者の力の差は天と地ほどあるように思えました。そんな戦いに臨む、行動への決断とは何だったのか。それは、至難の道ではありましたが、必ず成功して見せるという信念だったのです。
相手の弱点はなんであるかを考えていった時、強大な中にある小さな弱点は、普段はその大きさゆえに見過ごされていることがあるかもしれないと思いつきます。そう、弱点は皮肉にもこの地域一帯で長い間、油の販売を一手に独占していたことに芽生えていたのです。つまり、独占的に市場を掌握していたことで、サービスが疎かになり、お客様を大切にするという気持ちが薄れがちになっていたのです。

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商人の最大の武器は「信用」

そのことを敏感に感じ取った関彰は、大きな財力は無くとも、唯一の力であった「信用」を武器に、お客様を第一にしたサービスの提供に全身全霊をかけていきます。仕入先からの信用だけは、誰にも負けないという自負。それまで、仕入先に決して迷惑をかけて来なかった過去の実績が信用を生み、仕入先の方々が積極的に応援してくれることへと繋がって行きました。
その後、世の中の経済状況や生活様式の変化も追い風となり、少しずつ形勢に変化が見え始めます。競争に打ち勝つために、あらゆる手段を講じ、可能な限り最善を尽くす。そうして、更なるシェアの拡大へと邁進しているさなか、関彰にある不幸な出来事が訪れます。

12

お客様第一主義の原点

関彰は幼少の頃より、耳の病を患い治療を受けたことがあった。再び耳が悪くなってきたため、病院で治療を受けていましたが、そこへ四倉の船主達が訪れ、「油が無くて船を出せないで困っている。何とか油を回してもらえないだろうか」と訴えたのです。仕入先にすらないのだから、自分たちの手元にあるはずが無いと思いながらも、船主の窮状を放って置くわけには行かない。解決策は、自らが秋田・新潟の油の産地に出向き、少しでも集める以外にはありませんでした。関彰は 「もし、治療を中断して出かけるというのならば、完治は保証できない」と絶対安静を勧める医師の制止を振り切り、新潟へと出向いていきます。これがきっかけとなり、聴力の殆どを失うこととなりますが、この行動は自身の体を犠牲にしてまで、船主達の困窮を救おうとした行動であり、あくまでもお客様を第一に考える商人の鏡だと賞賛され、今なお語り継がれています。そして、この決断と行動の結果、お客様からの絶大な信頼を勝ち取り、そのことが、未来への礎となりました。

32

セキショウは常に地域と共に

小さな商店から始まった関彰商事は、その歴史の中で常に、創業者 関彰が実践してきたお客様第一主義を貫き、地域に密着した様々なサービスを提供することで、地域の皆様と共に成長して来ました。それはこれからも変わることはありませんが、それらの事業は多岐に渡り、一見しただけでは関彰商事のそれと分からないものも少なくありません。「こんなところに関彰商事」では、そんな地域と共に歩み、地域に支えられる関彰商事をより身近に感じて頂けるように今後も様々な取り組みをご紹介していきます。

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